老舗チェーン、激安業態をひっそり出店
鈴木 裕美(日経ビジネス記者)
キーワード:居酒屋 消費不況 低価格 外食業界
消費不況の中、老舗の居酒屋チェーンが低価格の新業態をひっそり開発する動きが相次いでいる。
ガード下に飲み屋がひしめく東京・神田。仕事帰りの会社員が赤提灯を素通りし、急ぎ足で改札口に向かう中、酔客の熱気が溢れる居酒屋がある。
養老乃瀧が展開する居酒屋「一軒め酒場」(写真:的野弘路) 「一軒め酒場 神田南口店」。中に入ると、メニューの安さに驚く。生ビールの中ジョッキは1杯330円、枝豆は1皿150円。串カツ1本が99円で、おにぎりは1個95円だ。ソフトドリンクは100円で飲める。
一番高い料理はほっけ焼きと豚キムチ炒めだが、それでも各350円。これを上回る価格は、瓶ビールの450円しかない。
決して立ち飲み屋ではない。席に着く普通の居酒屋だ。記者は2人で料理8品、アルコール3杯、ソフトドリンク1杯を注文したが、会計は3130円だった。つまり、1人1500円程度で満腹になる。
「一軒め酒場」とは聞きなれない名前だが、実は老舗の居酒屋チェーン、養老乃瀧(東京都豊島区、野村幹雄社長)が経営している。この店も以前は店名を「養老乃瀧」として営業していた。それを昨年12月、業態を変えて新装オープンしたものだ。
同社は「昨今の経済状況下で低価格の商品が消費者に求められていることを受け、よりリーズナブルなお酒や料理を提供する必要がある、と実験的に社名を伏せてテストマーケティングを行っている」と狙いを話す。東京・新御徒町と神奈川・大和にも出しており、年内にさらに3店を出店する考えだ。
もともと養老乃瀧の客単価は2500円ほどと決して高くない。にもかかわらず知名度の高いブランド名を伏せ、さらに安い別業態の運営実験に乗り出すところからも、外食業界の厳しさは推し量れる。
380円で食べ放題も
マグロやしめさばといった刺し身が280円、いかの塩辛は100円など低価格居酒屋で知られる「さくら水産」。経営母体であるテラケン(東京都江東区、寺田謙二社長)は、子会社でさらに格安の業態を開発した。
餃子店「王さん家」はセルフサービスで盛りつけ(写真:的野弘路) 5月27日、東京・日本橋蛎殻町にオープンした餃子専門店「王(わん)さん家(ち)」。メニューは餃子(10個290円、5個150円、税込み、以下同)のみだが、セットメニューがあり、値段は550円(餃子10個)と380円(5個)。これでライス、サラダ、スープ、ザーサイ、生卵が食べ放題になる。また瓶ビールは380円、日本酒は280円とアルコールも楽しめる。さくら水産の既存店売上高は前年割れが続くが、王さん家は約14坪(約46.2m2)で、月200万円近くを売る好調ぶりだ。
おしぼりが出てこない
消費者物価指数は昨年10月を境に悪化の一途をたどり、6月の総合指数は前年同月比1.8%減となった。比較できる1970年以来、最も下げ幅が大きく、低価格志向はまだまだ止まりそうにない。外食業界では好調とされた日本マクドナルドホールディングスでさえ、6月の売上高は41カ月ぶりに前年割れとなった。外食各社はさらなるデフレ対応を迫られる。
養老乃瀧は一軒め酒場の安さについて「出店設備費や店舗内サービスを見直して低コスト運営を実現した」と話す。実際、記者が一軒め酒場を訪れた際は、席に着いてもおしぼりが出てこなかった。頼むとウエットティッシュのボックスが差し出されたものの、1枚取るとすぐ引き揚げられた。
「王さん家」の場合はセット類の盛りつけはすべてセルフサービス。メニューも餃子1品に絞ってオペレーションを簡略化し、人件費を抑えている。
料理1品をスーパーの総菜と大差ない価格に引き下げるのはいいが、サービスを省きすぎると外食業の魅力を損ないかねない。サービスと安さという難しいバランスを迫られそうだ。
日経ビジネス2009年8月10日・17日号16ページより